tatolog

冬はマラソン、夏は登山、年に2回は海外旅行が理想です

地球の歩き方と海外旅行

f:id:tatolog:20190506172140j:plain

20冊以上あった地球の歩き方を処分した。

地球の歩き方を初めて買ったのは大学の卒業旅行でニューヨークへ行った時だった。
たしか本屋の店頭で他のガイドブックと見比べて、見やすさやコンテンツの内容で地球の歩き方に決めたと思う。

ニューヨークは、中学生の時に家族で行ったセブ島に次いで、2度めの海外旅行だったけど東京とは比べものにならない圧倒的な大都会を見せつけられ、一瞬にして虜になった。翌年の春に初めての海外ひとり旅でニューヨークを再訪し、それ以降も2~3年の一度のペースで訪れて、結婚するまでの間に7回も訪れることになった。

 

このニューヨークへの旅行で地球の歩き方に出会ってからというもの、その後も海外旅行も目的地が決まるとほぼ必ず地球の歩き方を買うようになった。コンテンツの豊富さは、単に旅先の目的地探しのためではなく、事前にその土地や見どころの歴史背景を学ぶという意味合いが強く、読み物として活用していたように思う。

海外旅行に行き始めた頃は、今みたいにスマホで現地SIMが使えるような環境はなかったので、手元の地球の歩き方の情報がほぼ全ての情報だった。

特にニューヨークの次に訪れたエジプトは地球の歩き方がなかったら旅自体が成立しなかったように思う。どこに行くにも地球の歩き方を片手にクラクションと人で溢れるカイロを歩き回った(それでも本のとおりにバスに乗って、サッカラの階段ピラミッドを目指し、訳のわからない荒廃した場所で突然バスを降ろされたときは本当にどうしたものかと思ったけど)。

 

海外旅行の面白さに目覚めて、年に何度も海外に行くようになると段々と旅慣れてきて、地球の歩き方の使い方も変わってきたように思う。事前に調べておいたものを別の紙に書き写したり携帯にメモをしておいたりと、現地で使いやすいように工夫したりしていた。

地球の歩き方はその情報量の対価として、控えめに言っても相当重い。旅先では手ぶらで歩き回るのが一番の幸せだと思っている自分としては、この情報量とトレードオフの関係の物理的な重さはなかなかの悩みのタネだった。これはカメラにも通ずるものがあって手ぶら旅行者の永遠のテーマなんじゃないかと思う。

 

じゃあ一足飛びにスマホでいいじゃんとならなかったのは、当時の通信環境の問題だった。SIMの入れ替えなんて便利なものが登場する以前の海外の通信環境は、フリーWi-FiかポケットWi-Fiで二択だったがどちらも致命的な課題があった。

フリーWi-Fiはニューヨークのような整備された街であっても、使える場所を調べる手段がないという問題。そしてポケットWi-Fiは本体自体のバッテリーが極端にショボくて肝心なときに役に立たないという問題だった。

 

じゃあどこがスマホへの転換点だったかと言うと、通信ができなくても自分の現在地はわかるGPSと、オフラインマップという偉大なる2つのテクノロジーが組み合わせに気づいた時じゃないかと思う。紙の本を超える価値が提供され、手元のスマホが最強の旅行者のツールになった。少なくともその時の自分にとっては。

この頃になると、PCでや本でおこなっていた海外旅行の情報収集も手元のスマホですることが多くなり、そのまま端末内に情報を保存する(要するにPCから携帯に情報を運ばない)という動作が当然のアクションになり、いよいよもって地球の歩き方の出番が少なくなってきた。

 

自分が旅慣れてきて、例えばヨーロッパともなると行ったことのある国から別の国へと移動するような日程を組んでいる旅行ではガイドブックを持たずに(買わずに)済ませるようにもなってきた。

ニューヨークや香港のように何度も行くし、しかもその国の中で訪れる場所はもはや毎回同じ場所というような国も出てきて、「知らない場所へ未知の経験を求めて」海外へ行くというスタイルから「普段とは別のどこか好きな場所へ」行くというニーズが大きな割合を占めてきただんだと思う。

(そういえばこの頃に旅行が好きすぎて、旅行のポータルサイトに転職したりもした。)

 

結婚してからはこの旅行のスタイルも明確に変化して、自分だけで行く自分が楽しい一人旅と、奥さんと一緒に行くからこそ楽しい旅、という2つの種類の旅行をしてきた。

そしてこの辺りから、自分の旅行のなかで地球の歩き方が登場する機会がほぼゼロになってきた。タイミング的にも現地のSIMが手に入りやすくなってきた頃と一致していたのも大きく作用していると思う。

一人旅のときは最小限の持ち物で、街から街へ常に移動を続けるような旅だったので、旅の相棒は完全にスマホだった。お守りがわりにKindle版の地球の歩き方を買うことはあったけれど、使いたいときにパッと開いて確認するというガイドブックとしての役割は果たしていなかったように思う。

もう一方の奥さんとの旅行では、旅の目的が名所を巡って現地の食を楽しむスタイルだったため、もはやGoogleマップとYelpの無双状態だった。スマホのスペックも上がってきたし、情報を求める人に向けたコンテンツを提供する人も増え、そしてスマホに最適な形で提供されるようにもなった。結果、自分の旅行から完全に地球の歩き方が消えた。

 

今度子供が生まれるため持ち物の整理をしている中で、CDやDVDや書籍を片付けてきた中で、最後まで迷ったが地球の歩き方も手放すことにした。本棚に並んだ地球の歩き方を見ると、行ったときの思い出が蘇ってきたり、そもそも読み物としてなかなか良いものだったりもするので、旅行という目的から外れたガイドブックがずっと手元に残っていたが、今回で手放すことにした。それでも一番最初に買ったニューヨークの一冊は名残惜しくて残すことにしたけど。

 

本屋に行くとガイドブックコーナーは存在感ある棚になっているので世の中的なニーズはまだまだあるんだと思う。検索しても役にたたない情報ばかりのキュレーションサイトが出てくるので、プロが編集した情報が必要だし、でもデジタルになった途端にすべてがコピーされてしまうことを考えると「ガイドブック」の将来はどうなってしまうのかちょっと考えにくいけど。

自分の中では個人が個人に情報を教えるというスキームにチャンスがあると思っていて、旅行はタイミングやシチュエーションが人それぞれなので、個人が個人に情報を教えるというスキームが成立すれば面白いんじゃないかと思っている。スキルシェアやairbnbがやっている現地ガイドみたいなものがもっと広がっていく下地はありそうな気はしている。

自分もストーリーのある旅の情報が欲しいと思うことがよくあるので、そんなスキームがあったら使ってみたいと思う。もちろん自分が提供側としても使ってみたい。